「どうしても触れたくない」感想。

あまり関係ないですが、今月のミリオンコミックスから出た新刊二つは、私の好き同人ジャンル出身の作家が描いたコミックスでした。もっとも、ヨネダコウさんの場合、私の好きカプでなかったので作品を存じ上げませんが…。(逆に井上ナオさんは好きカプv)

どうしても触れたくない (ミリオンコミックス CRAFT SERIES 26)

どうしても触れたくない (ミリオンコミックス CRAFT SERIES 26)

  • あらすじ。

…なんか変なコトしたくなるよ、お前… 新しい職場に初めて出社した日、嶋はエレベーターで二日酔いの男と一緒になる。それが、新しい上司・外川との出会いだった。無遠慮で図々しいように見えて、気遣いを忘れない外川に惹かれる嶋だが、傷ついた過去の経験から、一歩を踏み出せずにいる。一方、忘れることのできない記憶を抱えながらも外川は傷つくことを恐れず、嶋を想う心を隠さない。好きだけど、素直にはなれない…… 不器用な想いの行方は?

帯。

シンプルなストーリーの中に、恋愛の切なさがギュギュッと詰まっています。大人のお嬢さん方に、じっくり読んでもらいたいお話です。
木原音瀬氏推薦!!

そう言われれば、確かに展開自体はシンプルだったんだな、と気づく濃厚な読み応えでした。

nodada's eye.

今回はレビューではないので購読の参考にはなりません。
最初に私の好みを言っちゃうと、実はこのノンケ攻めは嫌いなタイプ! いえ、別にこの二人が例の山ヒ○カプに見えるから、とかそういう話ではありません!ああ、でも、「好みなはずなのにどこかムカついてしょうがない」というのは、正に私にとっての山○氏と通じるところでしたw

その理由を問うてみるに、ノンケとの恋愛はご遠慮させていただきたいゲイの迷惑を顧みずモーションをかけて尚且つ振り回すところは存分に振り回す、所謂罪な男系のちょっとダサい所がかえってセクシーでダンディーなノンケっぷりが、そう、ノンケっぷりがムカつきました、はい。(爆笑)

まあでもこの作品のテーマと思しき彼らの深層心理(恋愛)事情はもうちょっと深くて、だからこそ著者が書いたPOPの

ゲイであることで傷つき、前向きになれない嶋。凄惨な過去を持ちながら強く、前向きな外川。それぞれに過去を持つ2人の葛藤のお話です。

という文章から連想されるような「ああ、あれね、セクシュアリティで不利益を被らずに済む既得権益者が好きそうなシチュの陳腐なお話なのね」的イメージを感じずに読むことが出来ました。単純に面白かったです。
…一言だけレビューするなら、キャラクターが魅力の漫画でしたね。天然がさつの親父キャラがボケで、無愛想のツンデレキャラがツッコミの、漫才カプが美味しかったです。そんな彼らを程よいコメディとシリアスな空気で、繊細且つ硬質に描ききったハイクオリティが味わい深かったです。

イカネタバレ。

二人の過去を持つ男。過去はただ過去であるが、しかし「絶対に捨てられない過去」でもある。すなわち彼らの持つ過去とは、現在における恋愛の行方に深く関与するであろう特性として意味を持ち、それが「葛藤」なるものを生むのだという。では、この葛藤を孕む二人の出会いとその幸福とは何だったのだろう。思うにこの作品で描かれたのは、「家族」というシンボリック且つ有形の価値によって翻弄された二人のクィアなお話なのだろう。

外川の過去。
事故で父親を亡くし、後に母親が無理心中を図り火事で弟を亡くし、その母親も自殺した。
その過去を「ただの過去」として気軽に嶋に話した時に、彼は「あ、でも、家族ってものには憧れているなぁ」と語る。その言葉を聞いた嶋は、自分がゲイであることで異性愛的伝統的家族を持てない(持たない?)引け目(引け目?)を感じたのだろうか、外川に「きっと外川さんはいいお父さんになれますね」と応えて、二人の間に一線を画す(この時点では外川は嶋の発言の意図に気づいていない)。

嶋の過去。
ノンケの元同僚と付き合っていたが、二人の関係が周囲にバレそうになるとノンケの彼氏が「俺はあいつにモーションをかけられて困っている」と吹聴するようになり、仕事の上でも複数でイジメが始まって、とうとう嶋も会社に居づらくなり、現在の(外川たちの)会社に移る。そんな元彼いわく、「俺は男のお前が好きな自分がいやだ、お前に出会わなければよかった」とのこと。


以下は二人の仕事仲間である小野田(唯一二人の関係に気づいているキャラ)と外川の会話だが。小野田は外川に嶋の過去を教えるその前振りに「嶋君て可愛いですよね?」と問うて、その後に、「彼は元同僚とデキていたんですよ」と語る。

次に、小野田が嶋から聞き出した話の内容を、外川が尋ねるシーン。

外川「あいつ何て?」
小野田「自分はゲイだけど戸川さんは違うと ただもの珍しいだけだからそのうち飽きるので 誰にも言わないでほしいと そんなとこです ちなみに飽きるのは 外川さんだけみたいな印象を受けましたけど」

そんなノンケに懲りた嶋の発言に対して、外川は心のうちで「尋常じゃなく可愛い」と思う。(他人事だがよくわからん趣味だ)
そして「そんなに昔の男が忘れられないものか」、…と。ここでは、嶋は過去を引きずった後ろ向きな人間として描かれる。この頃から外川は遊び感覚ではなく本気で嶋に惹かれるようになっているのだが、嶋にはそんな外川の変化(優しくされる)に動揺し、怖ろしさを感じる。
さらにその時期、外川は栄転で本社に異動が決まり、嶋との距離が離れてしまう事態となっていた(しかし、外川はこの時点では異動の事実を秘密にしている)。
以下、嶋のモノローグ。

望んでも仕方のないことは考えないようにしてきた 人生はきっとどうにもならないことばかりだと どこかであきらめて生きてきた

このモノローグのあとに、嶋と外川は一緒に食事をするべく外川の部屋で会っていたのだが、外川は急に異動が決まったせいなのか、「お前に出会えてよかった」と感傷的な台詞を口にする。そしてこの台詞は、嶋の元彼が放った「お前に出会わなきゃよかった」発言の対を成すものとして配置され、そのすぐあとに嶋はモノローグでこう語っている。

望んでも仕方のないことは考えないようにしてきた 人生はきっと どうにもならないことばかりだと どこかであきらめて― 
―どうして 俺は男なんだろう 不毛だと知りながら どうして恋をするんだろう

このモノローグの配置の仕方によって、ゲイの恋愛は「不毛」で悲劇的なものとして表象される。ここで興味深いのは、嶋がノンケとゲイの恋愛ではなく男同士の恋愛自体に絶望感を抱いているという点だ。ゲイである彼は、ゲイ同士での一般的な恋愛経験を持たずにいたのか、「男に恋をしてもどうにもならないからあきらめる」と思っているが、このような台詞は、ノンケとの恋愛という比較的セクシュアリティ間の軋轢要素が顕著な恋愛ばかりしかしていなければおよそ出てこない台詞のようにも感じる。正直ただの「ノンケ好きなゲイの感傷」にしか読めなかったりする…w(だって、同性パートナーと付き合ってる人々には、自分たちの恋愛に色んな“価値”を見出している人だってちゃんといるんだもの)
さらに言えば、よくよく読んでみるとこれは、「家族を作れない性愛関係など全て時間の無駄」という考えの下に出てきた発言だと分かる。(後述)

そんな嶋は本格的に距離を置こうと図るが、そこでとうとう外川から真摯な告白を受ける。

「お前が可愛くて仕方がない お前のひでぇ過去もゲイなのも全部ひっくるめて 可愛くて仕方がない」

嶋は「これ以上ない言葉をくれた」と感じるが、

だけど―この人が創った過去が―目を閉じても映るその残像でさえ こんなにも重く圧し掛かる

そして嶋は「自分たちは最初からセックス以外何もなかった」ことにしたがり、外川の尚の説得にもかかわらず、

嶋「一時の気の迷いで俺と付き合ってる暇があるならさっさと嫁さんでも貰ったらどうですか ―家族に憧れてるんなら尚更…」
外川「…お前まさかずっとそれ気にして…」
嶋「重いじゃないですかそういうの 俺、男だし 当然だけど子供とか産めないし時間の無駄ですよ」

重いのは 俺だ

嶋「きっと俺のせいで色んなこと我慢して負担になって 俺は俺で苦しくて」
外川「嶋 ちゃんと俺を見ろよ そんなモンはな お前と出会わなくても簡単に掃いて捨てられる程度の憧れだ」
嶋「捨てられないですよ 絶対に 過去はどうやっても捨てられない 俺の過去だって外川さんの過去だって 自分の一部じゃないですか あんな過去があった外川さんに俺じゃ 俺なんかじゃ自分が報われないと思わないんですか きっと俺さえいなければこんなふうに寄り道することもなくいくらだって」
外川「もういいっ …嶋 お前の気持ちはお前のモンだけど 俺のお前を好きな気持ちまで踏みにじる権利はない」

ここでも嶋は「男同士の恋愛」そのものを「寄り道」だとして悲観的に語るのだけれど、同時に嶋は、異性愛の覇権的人生(結婚・出産・親)を規範として外川に押し付けるわけで、そのことで嶋は外川の恋愛感情に土足で踏み込むことになり、正に好意を踏みにじったのだ。
そんなこんなでケチョンケチョンにされた外川は、自嘲を含んだ笑みで「セックスしかない関係だと言うなら最後にもう一回ヤっておくか」と言ってセックスするが、そこで彼は「お前は酷いやつだ、俺に過去を恨めって言うのか」と悲しげに訴える。
私ってば頭悪いのでここらへんの意味がわからないのだけど、おそらく、嶋に言わせてみれば「嶋と外川という、二人の男が付き合うこと」は、すなわち「過去の痛手に伴う家族への憧れを奪う不毛なもの」であるから、「もし仮に付き合うとなれば、過去に伴う憧憬と現在の自分の状況(同性愛)の間で引き裂かれ、家族を作れずに過去を癒すことが出来なくなる、つまり過去を恨むことになる」という論理なのかもしれない(勝手な想像)。
…いや、もっと端的に表してるシーンがこの後に用意されていた。嶋は外川が異動した後に、彼との思い出の品(禁煙の文字が書かれたタバコの箱)を見つけ、外川の言葉を思い出す。

お前のひでぇ過去もゲイなのも全部ひっくるめて 可愛くて仕方がない

お前は酷い奴だ 俺に過去を恨めって言うのか

そう、今回の彼らの台詞は、一人一人の発言として読むと意味を成さないものである。ここで二人の<過去>に関する観念を並べてこそ、はじめて作品が打ち出す意味を読み取れると私は解釈する。しかるにこのモノローグの配置により見えてくるのものとは、過去にひきずられた観念(家族の喪失?ホモフォビアによる悲恋?)を現在の恋愛を引き裂く要素として捉えるのではなく、その要素を「可愛い」と肯定することで相手への好意に結び付けようとする姿勢なのだ。外川は嶋と違い、二人の関係において重要なファクタ(つまり、家族を持たなければならないという規範を社会的に与えられた男性が、それを不可能にするはずである同性愛の関係性になることの意味)を示唆する、「ひでぇ過去」と「ゲイであること」を「可愛い」として肯定している。これは正にBLの「攻め」的であるし、またパワフルな恋愛パワーだ。これらの文脈を、嶋の「家族を持てない同性愛は不毛で時間の無駄だ」という観念と併せて読めば、「男同士の恋は家族という物語に反する」が「それゆえに彼との恋はかくも愛しい」といった具合にすら、読めるのだ(クィア♪)。ま、攻めの台詞を単体で読むとそうは読めないかもしれないが、作品の意味するところを深読みするならば、そういう解釈を可能にする余地があると思える。←のだだ読み
というのも、最初の私の感想じゃ「尋常じゃなく可愛い」発言って、ノンケをはじめとした「セクシュアリティで悩まされたりしない」という特権を持った層が好みそうな、“自己否定ゲイ萌え”=「尋常じゃなく可愛い」と言ってるように読めたのね。だから不快だったのだけどー。
でも、この言葉のパンチが物語の後半に効いてくると、単純に「可愛そうで悲観的なゲイって可愛い、ゲヘゲヘ(見下し目線)」という意味とともに、「非ストレートな恋愛ってとってもキュートだね!!」という政治的アピールの意味でも読めるわけね。少なくとも私には。

というかそもそも、嶋の言う悲観はあながち間違いでもなくて、現実をよく突いた観念だ。日本で結婚制度に乗れない関係(ここで言うところの同性愛)は子供を持つことや人生の共同設計を保障・優遇されないし、家族を作るのが大変困難だ。ゲイに限らず、様々なクィアたちがそれを痛感するところだろうけれど、私もそれと無関係でない以上、やはり嶋というゲイの「(家族を作れないゆえに)ゲイ恋=悲恋!!」という観念は内面化している。そもそもこのBLでは、ゲイの物語である上に家族を喪失したノンケとの恋愛である時点で、家族的ではない非ストレートな関係性を社会問題化していると解釈するのが自然なのよねぇー。
そしてこの攻めが潔すぎてキモいところがこれ↓。嶋が外川に「あんただって同情されるのは嫌だって言ったじゃないか」と言うシーン。

「仕方ねぇだろ 好きになっちまったんだよ 愛情だって 同情だってなんだって 情は情だろ 俺はお前に情が湧きまくりだよ」

先に申したように、外川の「可愛い」は既得権益者の同情哀れみといった見下しにすら読めるのだが、それすらも肯定してしまっている。そんな無神経な彼だからこそ、私には「家族を持たないことは悪いことではない」というメッセージに読めてしまうのかもしれない。


そんなわけで、読み方によればとってもクィアでいやらしいお話だと感じましたー。
クィア云々以外にも、後日談で明かされるように、彼らの過去と現在の恋愛話は、人生『幸福論』的テーマが色濃かったです。運良くも、外川は母の『遺言』を手にすることができていたわけで、これで二人の恋愛が成就・進行しないのであれば、このお話は単に伝統的家族像の妄信的崇拝にしかならない。だから嶋、これ以上「過去をダシにして」攻めに可愛がられるだけのようじゃ、本当に置いてけぼりを食らうぞ!これからが恋の醍醐味なんだぜ!
…みたいな。


ここで帯裏のメモ。

外川さん、最高。こういうヤクザ的な撃退法をリアルでやってみたい!
……って誰を相手に?
Comennt Of木原音瀬
〔同時収録〕
どうしても触れたくない 週末、小野田課長は憂鬱、夜明け前

とあるのだけど、帯裏には漫画のワンシーンが切り取られてます。どういうシーン(台詞)かというと、散々嫌がらせして会社を辞める羽目にした嶋の元彼が電話をかけてきたときに、外川がその電話に出て、「只今嶋くんは僕とエッチの真っ最中のためとてもじゃないけど電話に出られません 御用があっても伝言は残さないで下さい どうしても残したければどこの系列のどこの組のモンか名乗ってからご用件をどうぞ ちなみに俺のイロに手ェ出したらヤキ入れんぞコラァ………って切れちゃった」というもの。
ちなみに今回の引用は、結構のだだが省略して書いたのであしからず。