ミステリに正しさは流されたの?

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稲荷屋さんのイラストはええのう。
あらすじ。

「悪夢のような過去は、決して繰り返してはならない」
高校の音楽講師を務める元バイオリニストの和成。不慮の事故で弾けなくなった和成は教え子である真吾の類まれなる才能に惚れこんでしまう。ある日、和成は、父親からの虐待に苛立つ真吾を預かることになった。「先生の身体、触りたい」教師として尊敬されているだけだと思っていた。突然無口な真吾に飢えた獣のように激しく求められて、和成は戸惑う。しかし愛を知ることによって、真吾の才能を更に伸ばせるならと偽りの愛情を与えてしまい・・・。

帯。

君への愛が運命を変える―
稀代の高校生バイオリニスト×音楽講師のサスペンスラブ

BLレビュー。

えーとね、私は不安を煽られるようなフラグがあると落ち着かなくて楽しめないんだけど、コレは割と面白かった〜。実はミステリアスな話なのですが、奇妙な緊張感があるのです。読んでる途中で「え、もしかしてバッドエンド?」と思わせるストーリーなのです。(実際どっちなのかは、ネタバレになるんですよね)

でねー、年相応なって感じの、不器用なわんこ年下攻めですよ〜* 大人と子供な感じ。 攻めは強面なのに無口で内気なので、口調がぶっきらぼうなんですが、これが攻めの「カッとなりやすい」危うげな性格と相俟って幼さを演出させててなかなか美味しいキャラクタになってます。作者さんも初々しさを出したかったらしいです。「俺なんかに話しかける物好き、いねぇよ・・・。先生くらいだよ・・・」だって〜!

で、本作の誘い受けちゃん(キャ!)はずるい大人な感じです。攻めの好意を利用して、自分の理想のバイオリニストに育てるべく、恋人になる。攻めのバイオリンはテクニックはあっても情緒がないのね。だから彼に恋愛を教えようとする。彼は良くも悪くもバイオリン命な人だったのです・・・。でも、それが少しずつミステリアスな展開の中で変化していく、と。
う〜ん、しかし、恋愛がないと人間性が乏しい、みたいな馬鹿げたお話はやめてほしいです。恋愛だけが特別に人格形成に深く関与してるだなんてことは、・・・ない。恋愛を知らないと芸術家としてダメ!と言う人がいるけれど、あまりに単純な思考に呆れてしまうわ〜。愛も大切ですけどねー。恋や愛を特別視するのにも、限度ってもんがあります。

以下ネタバレ。



実は本作は死ネタありです。しかも、不思議系です。予知夢とか時間が戻るとか。そういう感じなのね。
つまりね、受けはまず最初に不幸な未来を見てしまうのです。ある時受けは選択を誤ってしまい、不幸な未来を辿る攻めを止めることが出来なかった。でも、それからしばらくすると、受けはその不幸な未来を辿る分岐点に再度戻ることとなる・・・。受けが過去に戻って、起こる不幸な未来を食い止めるために奔走するお話。帯に書かれてあるのはそういう意味。
で、あらすじの最後らへんと帯に書かれてある通りに、「真実の愛」が不幸な未来を変える―。

受けは自分が叶えられなかったバイオリンの夢を、攻めに託すために自分なりの情熱(愛?)を攻めに注ぐのね。それは受け自身の利己的な願望だったのかもしれない。けれど、そうしてる内は、攻めの“不幸な未来”を変えることが出来ない。つまり、最終的には受けはバイオリンとは関係なく「真吾が生きてさえいればいい」とまで思えるくらい「真実の愛」に目覚めることで、やっとこさ攻めを救える、というストーリーになっているのね。
「真実の愛」に目覚めることで、正しい救いの道を見つけられるストーリー・・・。それはつまり、利己的な願望を抱える受けが、最後の最後ではついに、本当に心から“攻め自身”を愛する・・・という“変化”を読める美味しいストーリーなわけね。
でも私はいい加減、そういうロマンチック・ラブの傾倒に固執する正しい恋愛模様』以外のストーリーを読んでみたい。
バッドエンドの時の受けの愛は、あくまでバイオリンを通じての愛だったのね。攻めに自分の夢を重ねてたわけ。
私はこの、(不幸な未来に終わった時の)受けが攻めに抱いていた“「バイオリンへの情熱」を通じての『愛』”に、新たな表現の可能性を見出せると思う。

私から見たら、受けが攻めを自分の夢のための道具として扱ってる時の愛だって、偽りない愛だと思えるもの。「(結局、他人は思い通りにならないということだな)」というのは正にその通りだけど、元々恋愛とはそういう主導権争いになりやすいものだと思う。

たとえばバイオリンへの情熱を通じての愛も、たとえば自分の人生を豊かにしてくれた人への恩返し的な愛も、私は完全に分け隔てることは難しいと思う。世間的には後者のほうが「真実の愛」だろうけど、果たして二つは明確に分けられるものだったろうか?という想像力は、大事だ。


攻めは女の子と遊びに行ってもやきもちを焼いてくれない受けに苛立つ。受けに「本当に好きなのか」と問う。しかし受けとしては、あくまで攻めが良きバイオリニストになって欲しいという理由で、彼に情熱を向けている。

 「手料理って美味いよな。俺、ずっとコンビニ飯だったから・・・」
[・・・]
 「そりゃ俺は愛情込めて作ってるからね。真吾の栄養バランスまで考えているんだよ、まぁ今日は残り物だけど・・・」
 茶化すように和成が言うと、真吾の顔がうっすらと赤くなり、はにかんで笑った。その笑顔に一瞬見惚れ、嬉しいと思うと同時に、心の奥底で自分がひどく残酷なことをしているのだということを思い知った。だが真吾が自分に気持ちを向けている限り、裏切るつもりはない。言い方は悪いが、自分を踏み台にして成長してほしいと思っていた。真吾と同じ気持ちではないけれど、真吾にかける情熱は和成も負けない。
 ふといつか来る別れを思い描き、自分はもしかして痛みを覚えるかもしれないと感じた。

(うぅーん、身勝手。)
とどのつまり、自分の人生の中でどれだけの『軸』(たとえばバイオリン)があり、どんなプライオリティがあるか、という事なんだと思う。そして、そういう利己的な欲望と相手の欲望とが重なる時、互いに互いの欲望と少しずつ擦れ違って、事実上裏切り合いながら愛し合うことになると思う。その中で主導権争いの愚をいかに減らしていけるか。それが付き合うと言うことだと私は思ってる。
結局、不幸な未来を呼んだ受けの愛も不幸な未来を回避した受けの「真実の愛」も、少なくともエネルギーとしては等しいものだったと思う。
愛し合うなら、きっと相手を裏切ることは、避けられないと思う。裏切ることによって初めて愛しえ合えるんだと思うのだけど、どうだろうか。

受けは攻めを利用したれど、それが後に形を変えていった。その愛の変化は一体何を意味するのか。それは、ミステリの展開の中で色んな紆余曲折を経て作られた受けの愛の変化を、もっと深く読解しなければわからないと思うが、ちょっと私には今のところお手上げなので詳しくは触れない。
けれど、バイオリンがあったから受けは攻めと出会い、攻めに惹かれたはずだ。その最初の入り口は、どっちの未来を転ぼうと同じだったはず。そうした入り口を経由して手に入れた「真実の愛」は、おそらく「バイオリンへの情熱を通じての愛」と何らかの連続性があったはず。
本作では、不幸になった未来と、不幸を回避できた未来とで、ふたつの愛が描かれてるように見える。このミステリアスな展開と、キャラクタの愛の変化を具体的に読み解くことで、「真実の愛」とは具体的に言えばなんだったのかを、探れるかもしれない。
そして私は、ちゃんと「正せ」なかった方の、不幸な未来を辿った愛を、もっとBLで描いてほしいなぁと思う。