「ありえない二人」のありえなさ。

ありえない二人 (バンブー・コミックス 麗人セレクション)

ありえない二人 (バンブー・コミックス 麗人セレクション)

BLレビュー。

表題作の二人は、一つの鞄をきっかけに、偶然出会い、惹かれ合うという設定なのですね。でね、この二人、実はある“繋がり”があるんですよ。<まあ、脇キャラの水野が言うように、それはある意味「安いドラマみたい」な繋がりではあるのですけども・・・。
で、この繋がりのせいで、北原(受け)は「あいつとだけは、ありえない!」と言っているわけです。繋がりが二人の間のネックになってるわけです。(すんごい軽く、だけど)
で、今回繋がりがありえなさになっているんですが。そのありえなさについて、私は「このありえなさって何のためにあるんだろう?」と考えたのですけど。だって、それほどありえなくもない関係性だし、その繋がりって問題になるのかどうか微妙なんですもん。「そんなに気にしなくてもよくね?」みたいな。。。だから「どうしてなんだろう?」と不思議だったんですね。
・・・でも、これはたぶん、“二人の間にある隠された繋がり”を見せ付けることで絆の深さを感じさせる要素になってるんじゃないかなぁ、と思うわけです。つまり、「意外なところで二人は繋がってたのね!・・・ウットリ」ていう萌えの要素のために、このありえなさがあったのではないかな、と。
しかもですね、実際に、この繋がりが物語のヤマを作ってる気がします。そういう盛り上げのための要素としても役立っている。

以下ネタバレ過ぎるのでさすがに折る。

でね、結局ネタバレすると、彼らの父は同じ人物だったのね。「父」繋がりの「息子仲間(?)」って感じ?
といっても、血の繋がりもないので、ほとんど縁のない間柄なんですけども・・・。どういうことかっていうと、鈴木は、(北原の元)父が再婚した相手の連れ子さんだったのです。

ある日、北原は偶然鈴木(攻め)と出会う。その時、鈴木が持っていた鞄を見て北原は驚く。なぜならそれは、北原の元・父が作った鞄だったから。
北原の両親は、彼が三歳の頃に離婚しています。だから、北原は父の事をあまり知らない。なのだけど、離婚から数年経った後に、北原は偶然読んでた雑誌に父が作った鞄が載っているのを目にしたのですね。それから父が亡くなった後も、北原はその鞄の事が忘れられないでいたのだけれど、そんな時に鈴木と出会い、以前に雑誌で見た父の作った鞄にめぐり合ったというわけ。
父の息子となっていた鈴木が父の後を継いでいたから、彼が鞄を持っていたわけですね。で、北原はどうしても鈴木の持つその鞄が欲しかった。でも、「譲れない」と鈴木は言う。だから、北原は鈴木にこう言うのです。「じゃあいつかあんたが同じものを作ってくれよ、それを俺にくれ」と。
北原は最初、父の作った鞄が欲しかった。子供心に職人としての父に憧れていて、そんな父の後を継いだ鈴木に、執着もしていた。(たぶん、鈴木の姿に父親の影を見ていたのだと思う)

「技術も精神も すべてを親父から受け継いだあんたが憎らしくて―」
顔も覚えてない親父のことがずっと恋しかったといえばウソになるけど それでも親父の背中に憧れていた 親父のことを誇りにしてるあんたを見てるとうらやましくて くやしくて でも まぶしくて―

話は飛んで。
鈴木は北原に好きだ、付き合いたいと告白するのね。だけど、北原は迷うのね。で、結局「ダメだ」って言うの。そしたら鈴木は諦めて、以前より北原が欲しがっていた父の鞄をいきなり譲ろうとする。

北原「・・・何で」
鈴木「おまえが持ってたほうが親父も喜ぶだろ」
北原「でも・・・」
鈴木「駄目だって言われたらやろうと思って持ってきた」
北原「・・・もしOKだったら?」
鈴木「その時は いつか俺が作った鞄をやるつもりだった 今思えば あの時にはもう惚れてたのかもな」

あんなに欲しかったこの鞄のことを 俺はいつの間にか忘れていた
北原「・・・そっちがいい そっちの方がずっといい・・・」
あんたといたら忘れてたんだ

・・・とまあ、こんな感じに、父という繋がりが、最終的には二人の絆を確かめるための“秤”になってるわけです。ようするに、「父の影を追って鈴木と一緒にいたはずなのに、いつの間にか目的がずれてしまい、父よりも鈴木自身のことが大事になっていた」という、オチになっているのね。そう、物語の盛り上げを作るために、(ネックであるはずの)「父」という繋がりが利用されているわけです。
この繋がりを使った絆の描き方をするために、「父」という二人を繋げる要素を持ってきたのかしら?と思ったんです。「父よりも(!)、攻めの方が大事!」ていうのを印象付けるため、って感じに。そうすることで、北原がドンだけ鈴木に想いを募らせていたのかが、読者によく伝わるんですよね。


その他の「檻」という短編でも、繋がりを利用した物語があります。(ネタバレすると、実は再会モノ)
受けは高校時代に自分に告白してきた男を振った。その男は柴田というのだけれど、彼は受けに無理矢理抱きついてきたりしたので、受けに怒られるのね。「キモイんじゃ〜!」って。それで、「許してくれ なんでもするから」と許しを請う柴田に対して、受けは「死ね」と言い放つ。そんな最悪な別れをしたのです。
それから数年が経って、受けは自分の親族が経営してる会社に就職した。そんなある日、自殺して亡くなっていた柴田の弟が現れた。柴田の弟を名乗るその攻めは、受けをいきなり拉致監禁するのだけれど・・・・。みたいな話。
で、ここでも、亡くなった柴田という男が繋がりになるのだけれど。この繋がりが、ラストシーンを盛り上げる要素になっているのね。「かつて最悪な別れをした相手との繋がりが、今ここで再び・・・」みたいな感じで。

というわけで、このコミックスでは、繋がりというものが物語を盛り立てる要素として利用されているのだと思いました。ありえなさ、というのも、結局は繋がりとそれにより証明される絆を示すものであったと思います。


***** *****
その他、「死ぬまえにやっておきたいこと」と「ああ爆弾」シリーズがあります。
この爆弾シリーズなのですけど、これがほのぼの温かなストーリーになっていて、楽しかったです。彼らは時折ケンカして別れそうになる。二人は、相手の気に入らない性格をねちねち思い出したりして互いをなじるんだけれど・・・、しかし、なんだかんだと言いながら結局は「そうは思いつつも、大事なんだよなぁ」という結論に行き着いてしまって、仲直りしたりするのです。セックスシーンも、お互い好き合ってるんだナァ、と思わせてくれるほど、幸せ感が漂ってて可愛かった!・・・この二人のパートナーシップは、とっても心温まるもので、良かったです。

ところでこの攻め、なんつーか、男臭い。というか、むさ苦しい。ていうか、不恰好。(たまに赤ちゃん言葉になってるし・・・)
受けはバーのマスターさんで、美人サンなのだけれど(だけど生活能力薄いってあたりがツボ!)、そんな彼に一目惚れした攻めは、初対面で受けの目の前でゲロをしてしまったり、唐突に人前で告白してしまったり、かなり不恰好です。そんな一見似合わない二人ですが、なんだかとっても相性がよさそうに見えるから面白いです。ええ、実はどちらも大人げがない人達なんですよ^^。
外面だけクールビューティーだけど照れ屋さんな受けと、不恰好で直球な攻めのアホ臭い攻防戦は大変美味しかったですw

萌えたのが、攻めのスネ毛を受けがはさみで切りそろえているシーン!攻めは水泳のインストラクターなんですね。子供達に水泳(フィットネス)を教えたりしています。で、彼は自分のスネ毛が濃いせいで水泳を教える際に子供達にからかわれるのです。それがイヤで、受けに頼んで毛を短くしてもらっているのですよ。毛を気にして受けに切ってもらう、なんて、これもまたすごい不恰好で・・・とっても素敵な絵でした・・・♪地味で美味しい二人の生活に、◎!

メモ。

「もう面倒くさいから剃っちゃわない?」
「次のあだ名がオカマコーチになるからいけません!」

ふ〜ん。スネ気剃るとオカマなのかぁ・・・。先のレビューで「オカマらしさを描いてくれる」ものとしてBLを解釈しましたが、同時に「オカマ(等々)」を嘲り嗤うことで特定の性や欲望を否認するというパフォーマンスもある・・・というのが、BL表現なのだと思います。

以下、若い女に男を取られて泣いている女を、攻めが宥めているシーン。(「ああ爆弾」シリーズから)

「俺の好きな人って5つも上なんだけどさ 大人に見えても時々びっくりする位大人気なかったりすんのね[・・・]えーと だから年は関係なくてさ 年とか外見とかそういうことで駄目になんならそれだけの相手だったんだよ」
性別とか
「欠点も全部好きになれとは言わないけど そういうとこもその人なんだってわかりたいってゆうか」

同性愛に興味のある非同性愛者には耳に心地のいい言葉ですね。あ、ちなみにお互い男は初めてだったんだとか。バイセクシュアルってことになるのかならないのかは知らないけど。

以下、「檻」から。

あいつは知ってただろうか 俺があいつの視線を楽しんでいたこと 触られた時嫌悪感の中でほんの一瞬だけ背筋が痺れた その一瞬の快感こそが俺が本当に殺したかったものだと 何も知らずに死んでいったんだろうか

なんでしょうね。どうしてなのか、同性愛だとこのような『闇』を描くことが簡単になるんですよね。上記の受けの暗い心情は、一体どのような関係性の中で姿を現し、どのような観念を背景にして成り立っているのでしょう・・・?