それはむしろ許すな、みたいな・・・。

ファーストステップ (幻冬舎ルチル文庫)

ファーストステップ (幻冬舎ルチル文庫)

あらすじ。

大学生の宮下航が観光に訪れた奈良の寺で出会った今井和穂は、航よりも年上の見習い宮大工だった。興味を覚えた航は、訪れた奈良で和穂のことが気になり、何度も和穂のもとへと通う航。ある夜、酔った和穂を自分の下宿に連れ帰った航は、和穂への想いを否定できなくなっていた。そして和穂もまた航を意識し始めて・・・・・・!?

帯。

そういう和穂が、俺は一番好きだから
大学生の宮下航が訪れた寺で出会った今井和穂は、幼い容貌・小柄な身体に似合わず、航よりも年上の見習い宮大工だった・・・・・・。

BLレビュー。

この受け、ちっこいけど「筋肉のある受け」らしいです。・・・まあ、テクノサマタさんの絵に「筋肉」を期待するのは野暮なのですが・・・;;不器用且つ変り者で、どこか可愛らしい受けでした。・・・攻めはヘタレ年下攻め、かな。
実は私、「SASRA」(Unit Vanilla名義)といましめと愛の契り (バーズコミックス ルチルコレクション)(これは和泉さんの原作付き漫画です)を除けば、和泉桂さんはこれが初読みになります。そして、この文庫は2000年の小説JUNEで掲載された作品と書き下ろしを加えたものだと言うことで、作家さんいわく、現在の作風とは異なるらしいです。
そんなわけでちょっと初読みには向いてない作品ではあったのですが、・・・そうですね、この方の小説は割とロマンチックな色が濃いのかなぁと感じました。特に、書き下ろし「ファーストステップ」の終わり方とかね。この作品には、私がBL小説全般に感じてきたロマンチシズムが共有されてるように思えたので、ある意味ありきたりで、特色のない味わいでした。
ちなみに切ない系です。どう切ないのか。それは、彼ら二人が抱える、「自分は普通ではない」という実感と、それにより生み出される孤独感が切ない。(←でもそれほど痛々しくないよー。)そして、そんな二人がすれ違いながらもじょじょに近づき、お互いの想いを育む・・・という癒しの物語になっています。
で、このすれ違いなんですが、なんとも初々しいのです。携帯電話での初歩的なミスなんかは、「ああ、一昔前のドラマっぽいかも」と思いましたw(人のこと言えないんだけど・・・)
この受け、年上ということなんですが、「変わった性格」という設定なので、私にはそれほど年上受けという属性はあまり感じられませんでした。受け自身も「1年や2年くらいの年齢差なんて、千年前に建てられた物の前では些細なものだ」みたいな事言うくらいですし・・・。
要するに受けチンはマイペースでお寺馬鹿な人なんですよ。で、仕事に対して頑張り屋さんで割と大人な部分もあるんだけど、コミュニケーションが下手。しかも、攻めもちょっとへたれの入った人なので、どうも上手いこと関係が進まないし、なんだかしょうもないことですれ違っちゃってるんですよね。恋愛下手なカップル、といった感じでした。お互い曖昧な性格なので(恋愛に対しても。)、攻めも自分で心配してるように、私まで「本当に両想いなんだろうか・・・」と心配になったり。

まあ、そこそこって感じの作品でした。

でね、ちょっと微妙に引っかかる表現があったのですよ。それは、攻め・航のセクシュアリティにまつわる出来事についてなんですけれど・・・。


ちょっと折ろう。
以下ネタバレよ。

nodada's eye.

航はね、自分のセクシュアリティが良くわからないらしいのです。たぶん、物語の最後まで不明のまま。
高校時代でも、周囲と違って異性に性的興味が湧かなかったりするのを不思議に思っててね。(大学でも女性と付き合いはするけど、恋愛感情がない。)
まあ、実際にはそんな人はざらにいるわけですが、彼は異性愛に目覚めない自分をおかしく思い、塞ぎ込んでしまったのです。しかし、そんな航の相談にいつも乗ってくれる高校の先輩がいたのです。航は、ひとつ年上のその先輩に惹かれていきます。そこで彼は自分の初恋を自覚し、「勢いで告白してしまったの」です。

 そして、お決まりの失恋。
 それだけならまだ、仕方がないだろうと思えた。
 突然同性に告白された相手が、受け入れてくれる確率のほうが低いのはわかっているからだ。
 問題なのは、たまたま航の告白を立ち聞きした生徒が、それを面白おかしく友達に吹聴したことだ。おかげで翌日から航は『ホモ』とからかわれ、可愛い顔立ちだった高塚は高塚で『オカマ』呼ばわりされることになった。

そして噂は広がり、航の親にもそれは伝わったのね。

 ―――あなた、男の人が好きなの? 何かの間違いよね? どうしちゃったの?
 航も混乱しているときに、端からおかしいと決め付けるような台詞ばかりを投げつけられた。
 〔・・・〕
 最悪だった。笑い話で片付けたいのにそうすることもできず、両親はいつも心配そうな顔をしているし、行き場のない感情に悶々とする羽目になった。カウンセリングを勧められたときは、怒るよりも笑うほかなかった。

かくして航の高校時代の思い出は最悪なものとなったのですが(実際今でもありうる話ですね)、それからと言うもの、彼は孤立していきます。

問題は、この明らかな同性愛差別と呼べる事実への、描写の“仕方”です。航自身のこの差別問題への捉え方が、読んでて悲しいくらいおかしいんですよ。いや、航自身が(物語のキャラクターが)何をどんなふうに捉えていようが文句はないのですが、航の差別に対する緩すぎる捉え方を無批判に描き、そして、その捉え方がフェアではないことを読者に気づかせないばかりか、それが差別であること、許してはならない暴力であることを隠蔽しているのが問題なのね。

・・・とりあえず引っかかった文章を引用。

 ごくごくありふれた高校生だった航にとって、今は遅い反抗期なのかもしれない。

 一人前にトラウマとでも言うつもりなんだろうか。高塚に酷いことをしたのは自分のほうだし、迷惑をかけたのも自分。両親の対応に拗ねてるのも、そんな自分を持て余しているのも。 

 「親と喧嘩して、実家は出てきたんだ。だから、帰らない」
 「喧嘩?どっちが悪いの?」
〔・・・〕
 「どっちもどっち。けど、今更謝ってこられたって、上手くいくわけない」
 よりにもよって同性と恋をした息子と、その息子を詰るだけ詰った両親と。
 どっちが悪いかなんて、決められるはずがない。あえて判断するならば、双方にお互いの話を聞く余裕がなかったことが、悪いのだ。理性では、それくらいは航もわかる。
 ただ、どんなときでも親は子供に受け容れてくれると勝手に信じていたからこそ、航のショックは大きかった。拒絶されたことが、未だに尾を引いているなんて、それこそ馬鹿だ。
 「なら、おまえだけでも許してあげたほうがよくない?〔・・・〕人を許すことを知らないやつは、人にも許してもらえなくなるよ〔・・・〕因果応報って言うじゃん」

 航に許されたいと願っている両親と、和穂に許されたいと願っている航は、あまりにも似すぎている気がした。
〔・・・〕
 そこでふと、箱を探る手が止まった。
 唐突に、和穂の言葉を思い出したせいだ。
 ――人を許すことを知らないやつは、人にも許してもらえなくなると思うけど?
〔・・・〕
 だとしたら、和穂に謝罪することさえも許されないのも・・・・・・当たり前だ。
 人を――誰よりも近いはずの両親を許すことができない、度量の狭い男のことなんて、和穂が許してくれるはずがない。

 帰省しなかったのは、勝手に拗ねていただけだ。

 「俺・・・・・・やっぱり子供だったんだなって思うよ」
 「今も十分子供でしょ。すねかじりのモラトリアムで。二十歳でなっても拗ねてたらどうしようかと思ったくらい」
 「うん」
 傷つけたことや傷つけられたことを吹っ切れなくて、ずっとうじうじと考え込んでいた。自分が悪いとわかっているという言葉を免罪符に、動き出そうとしなかった。

はぁはぁ、疲れた。他にもあったような気がするけれど、まあここらへんで。

えーとね。こんな風に思っていようが、過去のことをわりとあっさり水に流せていようが、それはそれでいいと思うんだよ。それも航という人物の感性だからさ。でもね、こんなにまで、明らかに「同性愛」に対して抑圧的な言説を書くだけ書いといて、不当な抑圧や暴力に対して無批判であるなんて、(世間に広く出版される小説という媒体として、)さすがに問題のある表現だよ。
私はてっきり、こういう航の「自分が悪い」という自責の念に対して、最後には「いや、航はなにも悪くないよ」と逆転してくれるものだとばかり思ってたのに、最後までずっとこの調子のままなんですよ。そう、この小説は、差別に抑圧されてきた航を責めるだけ責めといて、なにもフォローしてないのよ。それってあんまりだと思うんです。

  • 差別的に親に拒絶されてしまったという事実を仕方がないこととして表現する。
  • 裏切られた子が親に対して不信感を抱くことを、単なる「反抗期」として軽く見なす。
  • そんな親を許せないことを「因果応報」とまで言って非難し、許せない者をけなす。
  • 同性に恋をして告白した結果に差別されても、差別されたほうが悪いんだと表現する。
  • 悪いのはいつもいつもいつもいつも同性愛の欲望を持った方・・・・・・どんだけ〜〜〜〜。

・・・・・ごめん、レビュー書いてて泣けてきたわ・・・orz

いやぁ、再読してみて思ったけど、これって本当にひどいね。一体、航が何をしたって言うんだ。ただ、好きになった同性に告白しただけじゃないか。そして、その結果において一番被害を被ったのは、まず誰よりも航じゃないか。航は何にも悪くない。それがなんで、こっぴどく差別された上に責め立てられなきゃいけないんだ〜〜〜ーーーー!あんまりだーーーーー!!

いや、だってよ?私だったら許さないよ。ていうか、親(を含めた周囲)にバッシングを受けた結果、家を出て縁切ってる同性愛者やら両性愛者やらだって実際にいるっつーの。それは、『青春のメモリアル』になんてなりやしませんて。いや、もちろん上手いこと付き合っている親子もいるでしょうが・・・、いるでしょうが、ね。
ていうか、まさしく親と隔絶してる人らの前で上記のようなこと言ってみろやって感じです。この小説は「許せ」というメッセージを投げかけていますが、許さない(許せない)人にも許さない(許せない)だけの理由ってもんがありますよ。それだって、「拗ねてる」とかそんな次元じゃあないし!

罪を憎んで人を憎まず、という言葉がありますが、周囲の行いに非はあれど、その人を許せるのは、大変結構なことだと思います。喜ばしい。
そして、噂を広め中傷した連中は論外にしても、かつて子の性愛を理解できなかった親を責めることも難しいようにも思えます。(本音を言うと、憎いけど・・・)
ですけど、受けた抑圧暴力までも、“許さなければならないこと”かのように表現し、それこそが美徳であるように描くのは、我慢がなりません。それはむしろ、“許してはならない差別”のはず。

思うのですが、特に同性愛への差別認識に疎すぎるBL作家は非常に迷惑です。リベラルに見えて同性愛を抑圧してるのに、それに気づかないばかりに、差別を差別としても取り扱わないんだもの。(頼むぞ、社会人・・・。

このお話では、受け・和穂の「因果応報」という有難〜いお言葉に開眼して、航が改心する、って話になってるのね。ここでの萌えとなるものは、受けと攻めの関係が彼らの成長を促し美しいハッピーエンドを迎える・・・というシナリオ、なのだと思います。でも、萌えてもいいけど、この理屈を鵜呑みにするのは、ヤヴァ過ぎると思う・・・。