「おつかいくん」レビュー。

おつかいくん (バンブー・コミックス 麗人セレクション)

おつかいくん (バンブー・コミックス 麗人セレクション)

  • あらすじ。

山の上に住む少年が山の下に住む男へ届けたものは…(「おつかいくん」)。女社長の愛人の運転手が今の俺には似合いの職業(「黒い車」)他、コミックス未収録初期作品(「スケスケスケベ」「箱色少年」)、山田ユギ氏との幻のコラボレーション作品「夢が叶う温泉王」など、10作品を収録した珠玉の作品集!!

  • 帯。

珠玉の短編がつまった最新作品集
目指すは山の下、アイツの家―――。
山田ユギ氏とのコラボレーション作品「夢が叶う温泉王」収録!!

BLレビュー。

前回は初の長編コミックスに挑戦なさった猫田リコさんなわけですが、やっぱりこの方の作品は短編のほうがキレがあって良い・・・。私は極少数ページで物語を簡潔に語る「漫画」の形式美を嗜好する者なので、その点でもこの短編集は美味しかったです。
で、短編漫画というものは、あまりエピソードが入れられないゆえにテーマをいくつもいくつも置くことができないものでしょう。それでは、このコミックスのテーマ性とはなんだったのでしょうか。
それを簡単な言葉で言い表すなら、「実は、二人は相思相愛だった」がデフォルトである世界、だと思っています。
そこにいる二人の男。二人の間には一見「愛」が無いかのように見える。あるいは、当人たちが無いかのように装っている。しかし、本質的には彼らは既に常に相思相愛である。もちろんそれだけでこのコミックスの全容を語れるわけではないんですが、たとえば「おつかいくん」や「美々子の世界」や「スケスケスケベ」なんかは、「実は二人は相思相愛」であることが物語の前提になっているのは明らか。
そして、その前提で物語が成り立ってるおかげで、表面上ではなんでもないようなエピソードがすべて、始まりから終わりまでアヤシゲなものとして読めるのです♪最後の2ページ漫画も、そんな理由で楽しめました〜。

さてさて、表題作の「おつかいくん」なんですが。このお話はいたって単純なプロットでして、ページ数も少ない簡潔な構成は、読む人によっては「何が言いたいの?」と不思議に感じられるものかもしれません。というか、BLにはまりたての頃の私だったら、このお話は確実に「やまなしおちなしいみなし」と感じられたことでしょう! ですが、この表題作こそがコミックスのテーマ性を示唆的に提示していると私は見ています。
<坊ちゃん>と<アイツ>のお話である「おつかいくん」。どうやら、山の上に住む坊ちゃんは可愛らしくて周囲の人から愛されている子みたいですね。かわって「アイツ」は、女泣かせであまりイイ噂を聞かない、町のロクデナシ(猫田さんお決まりのキャラですねv)。坊ちゃんは、自分の母におつかいを頼まれて「アイツ」のいる町まで出かけます。ですが、その道中で出会う様々な人々から「やめておいたほうが良い」と諭されます。その内容は「今日は川が増水してて危険だから」とか「落石で道が通れないから」とか「アイツはロクデナシだから縁を切ったほうが良い」とか、色々ですが、なんにせよ、たかが“おつかい程度”でいそいそとアイツの家まで行くことはないんですよ。なのに坊ちゃんは、険しい道のりを超え風評を払いのけてまでアイツに会いに行く・・・。
このお話の冒頭で、坊ちゃんが「違うよ、俺はアイツに会いに行くのが目的じゃなくて、おつかいを済ませるためだけに山を下りるんだよ」と、いきなりあからさまな言い訳をかますんです。坊ちゃんはアイツのことをなんとも思ってないように振舞いますが、実はアイツに会いたいからこそ、わざわざ障壁を突破してまで山を下りてきたわけです。ここでの「おつかい」は、恋しい人に会うための口実に過ぎない。


次に、「美々子の世界」についてですが、このお話は受けの妹視点で紡がれるお話なんですね。ここでは攻めと受けの隠された本心と言うものは客体的に描かれていて、美々子という第三者の視点から伺えるものになっているんですね。
で、二人の恋を傍観していた彼女はこんな台詞を吐きます。

何なの?それならそうと初めから言っときゃいーじゃない 時間と金の無駄だわ! 素直にギモンに思っていた私がかわいそうよ
「大人なんてッ」

そして彼女は、素直になれなかった二人の恋の成就を見届けると、「私もいつかこんな恋が・・・」みたいなことを思うわけです。それから、「スケスケスケベ」でも、「周りから見れば二人は相思相愛なのに!」という台詞があります。こういう姿勢が物語にキレを生ませているよなぁと思います。
本音というものは、いつまでも隠していられない。だから、ある程度話が進むと、二人の恋愛の成就はサクッと行かざるを得なくなる・・・。

ところで、ここで私が思うのは、「なんだかんだと遠回りをしているけれど、二人が素直にお付き合いできないその理由がどれも弱いなぁ・・・」という印象でして・・・。「おつかいくん」ではそれがとても顕著ですよね。せいぜいネックと言えるのは「攻めが女たらし」という点くらい。「美々子の世界」なんて、特に理由が見当たらないくらいだし、「スケスケスケベ」にいたっては単に彼らが鈍感と言うだけの理由・・・。とにかくネックが微妙に希薄。なのだけど、そこでどう話が転んでるかと言うと、「そんなつまらない理由で立ち止まってないでとっとと行っとけ!」と背中を押されて結ばれるという展開になっているんです。これがまた面白い。

そういえば、猫田リコさんのモブってやたら出しゃばってきますよね? 面白かったのが、「おつかいくん」では「イヤ、別に奴に会いに行くこと自体は反対してないよ?(ただ、増水が・・・)」とか「ロクデナシはやめておけ!」とか、それぞれ異なった視線がある。こういうゴチャ〜とした視線の渦が、猫田作品のひとつのおかしみですね。
なにはともあれ、ネック自体を楽しむというよりは、ネックなんて軽く水に流しちゃえ!という感じのお話が好きな人にはおススメのコミックスでありました〜。


あと、「落語家とヒモ」と「新しい水」では、受けが大変好みのビジュアルでしたっ。「新しい〜」はぱっと見ぃは「死ぬ程フツーのサラリーマン」なんですが(まあ、格好いいと思うけど)、そこはかとなくフェロモンまきちらしてるチャーム男性。「落語家〜」は、ある程度ゴツくて、黒髪短髪で、だけど男好き(ビッチ?)な雰囲気があって・・・、なんかエロい・・・。
・・・でへへ、涎が。

あと、猫田リコさんの描くキャラのトラウマって時々酷く陳腐ですよねー。・・・・まあなんだ、軽くて男好きな男である理由に、「昔犯されたから」というトラウマを持ってくるあたりとか・・・。


さぁ、最後に特筆すべきものがありましたね。そう、それは山田ユギさんとの合作「夢が叶う温泉王」です。





えぇえ〜〜〜ーーーー!!!
これって、スワッピングだ〜!
いやぁ、BLでスワッピングものって、確かランブル・ラッシュ (JUNEコミックス ピアスシリーズ)くらいでしか見たこと無かった・・・。

コレの面白いところは、山田・猫田両名の描くモノガマスなカップル二組が、擬似的とは言え、ポリガマスな欲望の交歓を体現してしまっているというトコロ。山田さんのキャラも猫田さんのキャラも、本来他の要素(キャラクタ)が入り込む余地は無かったはずなのに、コラボすることでその排他的な受けと攻めの関係性が微妙にずれてしまっている。うぅ〜ん、どうやら私、こういう倒錯的(?)な世界観で描かれる無規範な性的欲望が好きみたいです・・・。

なんだか一冊でとてもお得な感じのするコミックスでした^^