とりとめもなく「LIFE, LOVE」1巻を読む。

LIFE、LOVE (1) (花音コミックス)

LIFE、LOVE (1) (花音コミックス)

実を言えばわたくし、かの西田東節にいつしか飽きてしまい、初期作品もそこそこにほとんど読まなくなっていたのです。ところが先日よりどうも西田作品を読みたい衝動に駆られてしまって・・・。このお話も第2巻が先月発売されたばかりなコトに気づき、今しがた1巻を読み直したトコロです。そしたら、ドラマチックな展開で両者が対照的に描かれていて、完成度の高い物語性におなか一杯v
・・・ジャックは二つの目を持っていて、シリアスなシーンでは人を射る野獣のような目だけど、時折戸惑う時にはコミカルな糸目になるのね。その目が、彼の穏やかさや自信のなさを表してるように思えて、なんだか妙に惹かれちゃいましたー。
 

閑話休題
まだ一巻ゆえに全体を俯瞰しての感想ではなく散文的になるのですが、読んでる内に私自身がぶち当たってしまった問題などを、とりとめなく書いてみたいと思います。


・・・本当ならあっちブログを先に更新すべきところを、大変申し訳ありません。

そして、拍手くださった方々、どうもありがとうございました。まだ見捨てられてない事に喜んでいますです。


ところで。隆裕は誘拐されてから(ジャック以外には)あえて自分が英語を話せない風に装い、相手の油断を狙っております。「なるほど私も英語圏で誘拐されたらこの手を使うべきかもしれない気をつけよう」と思ったのですが、そういえば私、元から英語話せないんでした。

  • あらすじ。

「ジャック、男に抱かれていいと思ったのは、おまえが初めてだ」
海外の視察先で政治家の養父と間違われた新海隆裕は、マフィアに誘拐されてしまった! マフィアの下っ端・ジャックの部屋に監禁された隆裕は、養父の救いを待っていた。しかし、汚職事件の発覚した養父が自分を見捨てたと知り──!!? マフィア×政治家秘書、目を逸らすなスリリングラブ!

  • 帯。

再開したとき二人は、狩人とその獲物だった。
西田東最新スリリングラブ!
マフィア×政治家秘書 監禁

「再開」原文ママ

以下ネタバレ。

nodada's eye.

ジャック「ウェ・・・ウェルカム・・・ トゥ ザ ジイ・・・ ジイ・・・ ウェルカム トゥ ザ デア」
隆裕「シアター ウェルカム トゥ ザ シアター オブ ライフ 陳腐な宣伝コピーだな ・・・傘使うか?」

舞台はアメリカのどこか(「どこかの街かは想像にお任せ」だそう)。二人は雨の中偶然出会った。映画のポスターに書かれた文字を何とか読もうとするジャックに、隆裕から声をかけたのだ。その後再会したのは、隆裕が誘拐犯から逃れるため走っていた車のタイヤをジャックが打ち抜き、さらにガラスごしに彼から銃を突きつけられた瞬間だった。
そうしてジャックの部屋で二人の奇妙な監禁生活が始まる。

ジャックは街を仕切るマフィアのボスに飼われている。隆裕は政治家の養父に養われており、両方とも(体よく「息子」を利用する)「父」を慕い、従う身だ。
彼らの視線はどこか(性的に?)絡まっていた。のにすれ違ってもいる。些細なたわ言からひとつひとつ互いを知るが、その雰囲気は軟禁状態であるにもかかわらず、もしくはその状態であるゆえか、妙に友好的であり、しかし一種の危うさを秘めているように、私には感じられた。その危うさとは、死に直面した緊張感とあいまって、二人のストレートでホモソーシャルな信頼関係の破綻性という意味において生まれるものだったかもしれない。

その要因は、どうやらジャックと隆裕との差異にあるようだ。たとえば隆裕はジャックが文字の読み書きが不得手なのを「ただバカだからなだけ」ではなく、「失語症」だという意味を与えるのだけど、隆裕はその口でついついジャックを「バカ」と罵る寸前まで来てしまう。今までずっと蔑まされて生きてきたジャックにとってそれは、尊厳の根幹に関わる言葉だろう。隆裕は「バカというヤツがバカに違いない、お前なら分かるだろう?」と撤回をする。
・・・距離は少しずつ近くなるけれど、ここからして二人の間にある能力と能力に対する解釈の違い(つまり人生のバックボーンの違い)が明らかにされる。


さて。ボスの愛人であるアニタが登場する。彼女はジャックに気があるらしく、ジャックの部屋にある鏡にメッセージを書き残していった。その内容は「ジャック、セクシー」と、連絡先。

ジャックはかねてから隆裕の目に「何か」を感じ取っていて、しかしふさわしい語彙が見当たらなかったのだけど、このメッセージを見て。

ジャック「あ コレだ セクシーだ」
隆裕「何が」
ジャック「さっきの話 あんたの目はセク――」
隆裕「・・・・・・俺の目は セクシーなのか?」
ジャック「――いや ・・・やっぱりなんか変だな」
隆裕「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ サンキュージャック お前最高だよ【ここでギュウとジャックの首に自分の腕を絡ます】――電話番号わかるか?俺が携帯入れてやろうか」
ジャック「【頬を染めながら】・・・・・・ ・・・いらねぇよ あの人ボスの女だし」
隆裕「そりゃやばいな 彼女はお前をセクシーだと思ってるんだ 読めるだろ?エル・オー・ブイ・・・」
ジャック「ラブは・・・意味がよくわかんねえ言葉だ」
隆裕「俺もだな」

しかし二人の「LOVEが分からない」という経験は、共有されるものであると同時に、おそらく背景が違うものではなかったか。


そんなある日、メッセージを書き残したはずにもかかわらず、一向に連絡が来ないのに痺れを切らしたアニタが部屋を訪れる。さっそく彼女から突然キスされたジャックは、彼女の口紅や香水に酔ってトイレで吐いてしまう。それに激昂したアニタは帰ってしまうのだけど、そんなジャックを見て隆裕は次々と質問を畳み掛けてくる。

隆裕「おまえもしかして女嫌い?」
ジャック「・・・き 嫌いじゃねえよ アニタさんも見てる分にはきれいな人だと思うし 表情がコロコロ変わって可愛いなと・・・ それに あの人そんな悪い人じゃないと―」
隆裕「おまえ彼女いねえよな?いる気配ないし」
ジャック「――彼女もいないし女と寝たこともない こう言うとバイト先の連中だのボスのとりまきだのが面白がって 変な店に連れて行かれたりエロビデオ見せてくれたりするよ あんたもか?」
【中略】
隆裕「見て何とも思わない?女とつき合いたいとか触りたいとかキスしたいとかやりてえとか」
ジャック「気持ち悪いだけだ キスとか・・・他人のツバなんて気持ち悪いしイミわかんねえよ」
隆裕「・・・潔癖症か?」
ジャック「勝手に色々名前つけといてくれ バカ扱いもビョーキ扱いも慣れてる」

自慰も鬱陶しそうな彼は、そして<名づけ>を拒む。
ここでもちろん(とあえて書くけど)、私は彼に「アセクシュアル」という名づけを行ないたい誘惑に駆られたけれど、それを即座に拒まれたのね。
「勝手に色々名前つけといてくれ」のひと言によって。

さて、食料がなくなったため、軟禁生活から初めて二人は一緒に外出する。そして隆裕は何度目かの「なぜお前は奴らの仲間でいるのか、ずっと手下でいるつもりか」という質問を投げかける。が、やはり応えはいつもと同じで鈍いもの。そんなジャックに<広い世界>に出る事を勧める隆裕。アメリカ、インド、エジプト、アフリカ。様々な国を渡った自分は、様々なものに触れたのだと。ひるがえってジャックは、生まれてからずっと街を出ず、親に捨てられ「いらない物」扱いの現状を緩慢に受け入れていた。
そんなジャックに隆裕は「自分を捨てた親や自分をバカにする連中や自分を虐げる社会を、なぜ憎まないんだ」と問う。
ジャックはこう応える。「そんなこと考えたこともない、あんたはお坊ちゃんだからそう思うんだろうな。はじめから何もなきゃこんなもんだと思うだけさ。どこも知らなきゃどこへ行きたいとも思わないし」と。

ここで私は、絶妙なタイミングでジャックとあたしとの格差を指摘されたかのように感じ、動揺してしまった。いや、この台詞は何も先ほど私が行った名づけに対するメッセージではないだろう。けれど私は彼と違ってセクシュアリティにまつわる用語を多少知れるネット環境があり、ひどい貧困の階級にいるわけでも、主従関係を確認させるためわざと無意味な暴力を振るわれる身でもなく、隆裕的<世界>のイメージを多少抱くことが出来る特権的立場なのだ。そんな私がジャックに上から名前を押し付けようとしたことの恥ずかしさに、追い討ちをかけられた気分なのだ。そんなジャックも、「ゲイ」という名前は知っているわけだが、だからと言って彼をなんと名づけよう。

そう、実際私もネットに繋がることで現状の社会制度の不当性に気づいたクチで、それ以前も憤りを抱え込んではいても、憤りを向ける矛先が見つからずにいた。「知らないこと」は、それ自体がある立場において危機である。ジャックではないけれど、知らないがゆえに、ただ現状に塞がれる日々があった。(とまれ、「矛先」が果たして本当にあるのか疑問だし、どこか幻想な気もして、だからと言って安直にその幻想を手放すこともできず、疑問符のまま突き進んでいる。<オッコト主)


ただ、隆裕とて単純に特権を享受し、実りだけを獲得してこれたわけでもない。彼は両親をなくした後、養父に「ついで」扱いに拾われ、能力成果主義的に育てられた。父から認められなければ捨てられる、という脅迫的な親子関係を生きてきたわけだ。そしてだからこそ最初は政治家以外のものを目指したり、海外旅行や起業などに関心を抱いたのだ。何か自分に価値を見出さなければならない上に、命すら政治家の父親から利用される隆裕の境遇は、およそ恵まれた人生とは言えないだろう。
二人の根本的な違いはここにあるのかもしれない。
現状に抑圧されて、足掻こうとする(足掻く事を選べる)者。
現状に抑圧されて、口をふさぐ(口をふさぐより他ない)者。
そして両者の間には、共感と同時に権力格差が横たわっていた。 

更にこの権力格差は、次第にセクシュアルな現場にまで尾を引いてくる。というか、顕在化する。
ある晩、隆裕は悪乗りしてジャックに触れ、半ば強引に射精させてしまう。
「部活の悪ふざけでもこんなことはしなかった、しかも妙に気分がいい、俺より背が高くてヘタすりゃいい男が俺の下で、俺の下で」
ここでの隆裕には愛情的な動機は薄く、男としてのプライドをくすぐられているようだ。
そして、隆裕の手によって達したジャックは目の色を変え、自分からキスを仕掛ける。ジャックからのキスには抵抗する隆裕は、「まってくれ、お前はゲイだったのか?」と質問。「・・・・・いや」とジャック。互いに「違う」と否定しあう。
その後隆裕は自分から触れた割りに、動揺を隠せない(その様は「キャ」というシーンで滑稽に描かれてさえいる)。しかし「ドキドキ」してる自分を覚える隆裕。「あいつ、あんな目してたっけ?」。

隆裕「ジャック 字を教えてやろうか【しかしジャックからは頑なに拒まれる。中略】じゃあこのページが読めたらキスしてやる」
ジャック「【赤くなって】俺はゲイじゃ――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゲイなのかな お俺・・・」
隆裕「だったらトライしてみようぜ 一ぺージ読めて俺とキスできるのが嬉しきゃゲイだし そうじゃなきゃ――俺のことは好みじゃないゲイだ」
ジャック「クス」

隆裕(こいつ わかった――女殺しの目ってやつだ ゲイだとしたらもったいねえ)

性的なものが絡んだ今、ただでさえ不安定な二人の関係はより揺れ始める。
そもそも、ジャックは男同士の絆に担保される要素を損なっている。ジャックの仲間たちのように、そういう不安定要素を見つけると、修正するべく性産業だのAVだので手ほどきしてしまいがち。だって、そうしないとストレート的健全な絆を築けないから。隆裕のペッティングもそういう性格を帯びていた気がするけど、それは性的接触以前から要請された規範だったのではないか。というのも、ジャックはそんなストレートたちの規範に対して、どこか超越的な態度を取っていたからだ。「勝手に色々名前つけといてくれ」という態度は、しかし「おまえ達が勝手に言ってる事であって、自分は同意も関与もしない」という突き放した態度だ。つまり、彼は最初からずっと、安定的な男同士の絆を築く共有意思を拒絶しており、ゆえに彼の周りがパニック(規範的修正)を起こしたのも当然の結果だったのだろう。規範に染まらず不安定さを正さない態度、そういう意味で彼はクィアな存在だ。
しかしここで面白いのが、隆裕が単純にジャックを(男同士の安定した絆を壊しかねない)ゲイとして排除するのではなく、むしろヘテロな自分から性的に近づいていること。彼らはホモセクシュアルパニックに巻き込まれながらも、どこか不安定さを楽しんでさえいる。ただし隆裕の場合は、「ゲイだとしたらもったいない女殺しの目」として、だ。微妙に溝は埋まらないまま。


・・・それからが急展開で、ジャックは結局ボスを裏切り、隆裕と一緒に街を出てしまう(アニタが手助けしてくれます)。「お前のボスは、お前だ」と諭す隆裕。
隆裕とジャックの関係はもはや性愛の位置となったわけ。この時点で隆裕は、ジャックがそのまま自分と一緒に日本へ渡ってくれるものと思い込んでいた。だが、ジャックは反発する。

隆裕「・・・俺についてきてくれるんじゃないのか?」
ジャック「・・・・・勝手に決めるなよ【中略】日本で俺がどうやって生活できるんだ【中略】あんたに寄生して生きろってか」
隆裕「おまえは―おまえは俺のこと好きなんだろ・・・?」
ジャック「・・・・・・ ・・・政治のことは親父に任せとけよ あんたがこっちで暮らせばいい」
隆裕「・・・・・・は はははは なんで俺が?なんで俺がおまえのためにアメリカで――」
【気まずい間】
隆裕「ジャック・・・―俺にはおまえが必要なんだ【中略】おまえみたいな奴は初めてなんだ 男に抱かれてもいいなんて思ったのは――抱かれてもいいと思ったのは・・・おまえが初めてだ おまえだけだ」

本当だジャック 嘘じゃない 男とこんなことするなんて 考えたこともない 考えたことも

なんということだろう。隆裕は「自分は元来ヘテロである」という確信の下(ジャックにはない確信だ)、「ヘテロである俺様が何と男に抱かれてもいいと思ってあげてるんだぞ、ありがたがれ」とでも言いたげに、私利私欲をむき出しに計算高くジャックを落としたのだ。
アニタは隆裕を「自分がすべて、何でも利用する男」と評していたけれど、実にドンぴしゃ。隆裕は、ノンケが男に惚れることが何か『他より確かな愛』として語られガチな背景を利用し、セクシュアリティの曖昧なジャックにつけ込む。


しかしおそらく、互いの異なる生き方に影響された二人が共にあるためには、言語教養能力・金銭階級等の格差から来る視線の違いを穴埋めしていかなければならない、はずなのに・・・矛盾する方向へ向かう隆裕。

ジャックは俺を抱きたいと思っている 女殺しの目 俺は男なのに いつ撃たれた?

ああ もしかして俺に突っ込みたいのだろうか どこかでゲイのセックスくらいは見たことあったのか それとも本能?男と女じゃないのに本能? 何の本能 

隆裕の心を捕らえたジャックの目は、ノンケにありがちな視点によって擬似異性愛な物語にされてゆくが、同時に隆裕の描いたこの物語は、裏切られてしまってもいる。ただしここで注意したいのは、裏切っているのはジャックではなく、(男同士にもかかわらず男女の物語でしか性を語れない)隆裕自身であること。
ジャックの言葉を再び思い出そう。

「勝手に色々名前つけといてくれ」

クィアな関係にストレートな虚構を作り、自らの傲慢さから隆裕はひとり袋小路に入ってしまったようだ。父権的な、ストレートな道へ。
この選択の違いはおそらく、二人を別つ要因になるだろう。


はじめから。はじめから二人の間には権力格差が信頼の壁になっていた。生きてきた経験が違うから、溝があった。そして正に二人がこれまでになく接近する性の現場において、この権力格差が利用されたのだ。

二人は現状を形作る社会・制度に縛られていたが、ジャックはとうとう「ボス」という父権的存在から離れる決意をした。なのに隆裕は父親の背にしがみ付いたままだ・・・(寝言ですら父の承認を乞う)。
ジャックは父(ボス)から“巣立つ”ことで、自分の持っている諦念を手放し、「ここ」ではない世界に歩を進めた。が、それに相反して隆裕は、父のいる日本へ、己の権力をそのままに、“帰る”わけだ。皮肉な対照性だと思う。

それまでのジャックは「ここ」で生きていく道以外何も得ようとはせず、むしろ拒んでいた。そんなジャックをボスは「やつには我がない 無視され隅に追いやられるのに慣れてる分、無色透明で得体が知れない」と評している。

隆裕がジャックと出会った日。人気が失せ静まり返る雨の中、隆裕はジャックのまとう<透明な世界>に引き込まれていた。その世界は隆裕の見たエジプトやアフリカではないけれど、まるで「違う世界に来た」ようで・・・。
そして、父親から自分の力だけで生き抜く術を求められ人生をサバイバルしてきた隆裕は、ずっと探していたのだ。自分の価値を見出せる世界を。

・・・もしも二人が共に生きるというなら、行き着くべき道は、正にあの雨の世界ではなかったのだろうか?それとも、その先にあるどこか・・・?

1巻のラスト、どういう話かジャックは隆裕と日本へ渡る覚悟を示す。果たして、彼らが目指す世界は一体どこになるんだろう・・・。



というわけで、後日第2巻を読んでみたいと思います。この展開からして、アニタの予言どおり波乱が巻き起こるのは目に見えてますが、だからこそ目が離せません。ま、次はレビューする予定はないんですが、ともあれ楽しみです。